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新型コロナ関連

(コロナ禍)SNSが政治に与える影響とは/東京工業大学・西田亮介准教授に聞く

2020年8月26日付

 新型コロナウイルス感染症拡大による「非接触型」の社会にあって、ツイッターなどSNS(会員制交流サイト)は日本の政治や民主主義にどのような影響を与えているのか。社会学者の西田亮介・東京工業大学准教授に聞いた。

東京工業大学・西田亮介准教授
東京工業大学・西田亮介准教授

■「耳を傾け過ぎる」のは場当たり的になる恐れも

 ――コロナ禍に対するこれまでの日本政府の対応をどう見るか。

 西田亮介・東京工業大学准教授 時期を区切る必要があると考えており、前半と後半で評価は分かれる。新型コロナウイルス発生当初の初期対応は相応に妥当だったのではないかと評価している。

 世論やメディアには初期対応の遅れを指摘する見方が多いかもしれない。しかし、初期対応については、従前から整備されていた新型インフルエンザ特措法や感染症法などに基づき計画的な対策が行えた。

 学校の一斉休校も、感染が拡大する前に政治判断で先手を打った形の対応といえる。一斉休校は、2009年に新型インフルエンザが流行した時にも実施され、すでに有効性が指摘されていた。緊急事態宣言についても発出と解除の時期が適切だったかは後日検証するべきだが、理解できる。

 一方、政府が法律などで事前に計画していたものでなく、裁量の範囲で対応を迫られた3月中旬以降については評価し難いものになった。

 ――評価が難しくなっていった要因は何か。

 西田 まず、コロナ対応を巡る国民の評判と、さまざまな政治的スキャンダルも重なり、現政権の支持率の低下と不支持率の上昇が起きた。政権に対する国民の評価に強い関心を抱いている官邸は、支持率を回復させるために、場当たり的で、人気が取れそうなものをかき集め、ちぐはぐになってしまった印象だ。

 これについて私は「耳を傾け過ぎる政府(政治)」と呼んでいる。背景には、感染そのものへの不安と、ワイドショーなどのマスメディアや、SNSを通じて社会に拡大した不安の両者が相互作用する「感染の不安/不安の感染」がある。

■ネット上の世論は多数派か/聞こえにくい社会的弱者の声

 ――SNSが政治に及ぼす影響をどう見るか。

 西田 政府の政策の方向性は、SNSなどの評判を受けて変わると感じることがある。SNSの政治への影響力は小さくない。これについては肯定的にも否定的にも評価できる。

 日本の場合、政治について友人らと会話をする所作が必ずしも一般的ではないのかもしれない。会話の内容がたとえ正確でなかったとしても、政治の話をするという振る舞いが、ネット上でもできるのであれば、まさに表現の自由、言論の自由が保障されているということであり、このこと自体は好ましい。

 性暴力の告発運動である「#MeToo」運動などのように、なかなかこれまで光が当たりにくかった問題に対する社会の動きを、SNSが広げることも好ましい。

 ただ、そうした動きを、直接、議会政治に直結させることに対しては強い危惧を覚える。

 なぜかというと、「民意」は合理性や有効性の正確性を保障しないから、全く無責任に表出することがある。同時に、「#」(ハッシュタグ)を使ったある種のムーブメントは、特定の意図を持って行われているものであり、それが本当に世の中のマジョリティー(多数意見)なのかどうかは分からない。

 ――SNSの声だけを民意とするのは間違いだと。

 西田 そうだ。立法府である国会が法律を作る際は、SNSの動きだけでなく、各種団体などからの日頃の要望、現場で寄せられた一人一人の声を総合して勘案しなければならない。

 個人的には、仮にSNSで多くの人が政治的な発言をするようになると、社会的弱者の声は相対的に小さく、聞こえにくくなってしまうのではないかとも危惧している。

 SNSを使っていない人はたくさんいるし、使っていても偏った意見の人もいる。やはりネットの「民意」に耳を傾け過ぎることには、相応のリスクがある。

 現代は、分かりやすいものを求める風潮になっている。ごく短いテキスト(文章)や動画、あるいは静止画でコミュニケーションが取られるSNSでは、イメージや共感といった原始的な反応が好まれる。

 全て分かりやすく、AかBか、是か非かの二者択一を迫るようになっている風潮というのは危うい。ただ、これは皆がSNSから離れれば解決するという問題ではない。

 分かりやすいというのは、言い換えれば、今さえ良ければそれで良いという考え方でもある。将来のことを考えないのであれば、ポピュリズム(大衆迎合主義)だ。

■国民の不安受け止めつつ、政策は効果や合理性を明確に

 ――「民意」を総合的に受け止めることは可能か。

 西田 まさに安定的に存在している政党がその役割を担うべきであろう。

 また、新型コロナで多くの人の不平や不満が高まる中、社会的弱者に誰が目を向けるのか。一義的にはNPOや社会福祉協議会などがあるが、政党もその役割を担っていくべきだ。

 与野党とも、今の政治のありよう自体がネット上の「民意」に引きずられ過ぎていると思う。各政党、色々な形でネットの声に関心を示し、動画サイトなどでの交流にも注力しているが、そうしたもので接触できる人の声だけが民意ではない。

 ――公明党はむしろ「小さな声に耳を傾ける」ことを重視してきた。

 西田 社会的弱者の声は、ネットなり、メディアなりでは見えにくく、聞こえにくい。公明党は地方議員も含め、そうした声をより丁寧に聴き、本当にそういったニーズに応えられるような法案なり政策なりを形作っていくべきだ。

 政治が民意に耳を傾けるのは自由民主主義の政治において当然のことだが、同時に説明や説得も求められる。

 人々の不安感情と「耳を傾けすぎる政府(政治)」の相互作用の中で、効果や合理性、根拠が明確でない政策が場当たり的に採用され、負債などのツケが現役世代、将来世代に引き継がれてはならない。

 分かりやすい民意に引きずられやすいのであれば、理性的にブレーキをかけ、意見が異なるものには堂々と反対の姿勢を貫いてほしい。野党の影響力が相対的に弱い中で、そういうことができる政党は現状、公明党だけだ。

 コロナ禍の政治対応は、人々が強い不安感を抱えた中で実施されることになる。不安感や不満は、予想し難い方向に、予測し難い形で噴出する。それは政治的には障壁になるし、次の不安を誘発する。

 ワイドショーやネット、SNSが相互に情報を切り取り強化する共犯関係を作り、出来事の耳目を引く側面ばかりに注目が集まる日本のメディア環境を特に憂慮している。

 にしだ・りょうすけ 1983年、京都府生まれ。慶応義塾大学大学院博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。立命館大学特別招聘准教授などを経て現職。情報と政治(ネット選挙、政党の情報発信)、若者の政治参加などを研究。近著に『コロナ危機の社会学』(朝日新聞出版)。