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新型コロナ関連

(新型コロナと今後の社会)グローバル化、止まらぬ/人類レベルの連帯を今こそ/社会学者・大澤真幸氏

2020年8月18日付

 世界中で猛威を振るい、国際社会から暮らしのあり方まで、あらゆる分野で人類に変革を迫る新型コロナウイルス。今後の社会像をどう描いていくべきか、識者に問う。

社会学者・大澤真幸氏
社会学者・大澤真幸氏

 ――新型コロナウイルスが世界中で急速に広がった要因は。

 大澤真幸氏 感染の急拡大は、グローバル化によって引き起こされた。予想よりも速くウイルスが伝染していることは、いかにグローバル化で人の交流が激しくなったかを示している。グローバル化の弱点を感じたが、だからといって逆行するのは難しい。当面、海外からの観光客が減るといった部分的な逆行は起こり得るが、今の社会は人やモノの移動、情報がグローバル化しなければ立ち行かない。豊かさや幸福がグローバル化に依存している以上、その流れは止まらないだろう。

■「一国主義」では解決に至らず

 ――グローバル化にどう向き合えばいいのか。

 大澤 指摘しておきたいことは「一国主義」との兼ね合いだ。コロナ問題は、一国レベルで解決するのは不可能であり、今回ほど極めて切迫した状態で人類レベルの連帯が必要になったことはない。一国だけが感染を封じ込めたとしても、別の国で広がっていれば解決には至らない。今、一番考えなくてはならないのは、これと正反対の動きが目の前で起きていることだ。

 ――具体的には。

 大澤 国同士の対立が激しく、今や「自国ファースト主義」が世界の標準になりつつある。最もメジャーな国である米国がトランプ大統領の誕生以来、自国ファーストで動き始めると、それ以外の国も同様の原理で動かざるを得ない。

 そもそも感染症以外でも、重要な問題の多くは、国家が解決の足を引っ張っていると言っていい。自国にとって有利な選択が世界全体で問題をより深刻にしている。

 典型的な例が地球温暖化問題だ。米国は温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」からの離脱が国益と考えているが、地球規模で見れば、温暖化対策が停滞することは明らかだ。

■国際機関に強い権限必要

 ――一国主義の弊害を乗り越える方策は。

 大澤 国際機関が主権国家より強い権限を持たなければならない。国連もWHO(世界保健機関)も国際協調のための組織で国家より権限は弱い。国家が自発的に参加しているだけだ。その結果、国同士の駆け引きの場になってしまった。

 今、人類は分かれ道にある。何年先かは分からないが、後に振り返って2020年のコロナ問題が“世界共和国”を考えた最初の時だったとならない限り、将来、人類が繁栄している可能性は低いのではないか。

■「緊急事態」の対応、検証を/個人情報の悪用防ぐ監視体制も。問われる危機管理、権力をどう規定

 ――コロナ問題を機に緊急事態時の権力のあり方も問われている。

 大澤 緊急事態とは、憲法や法律が想定していなかった問題が起きたことで、基本的な人権や私権の一部が権力によって制限されることが起こり得る事態だ。日本は戦争に対する反省から、緊急事態時の権力のあり方について深く考えてこなかった。現状、自粛要請にとどまる小さな緊急事態宣言にとどまっているが、今後、これ以上の事態が起きかねないことから、検討すべき課題だ。

 ――緊急事態時の権力をどう規定すべきか。

 大澤 憲法や法律に書き込むときの危険性は二つある。一つは権力が乱用され、常態化してしまうこと。二つ目は逆に為政者が臆病になって断固とした措置が取れなくなることだ。憲法や法律などで規定すれば、権力を行使する根拠ができるが、行使しにくくなる要因にもなる。いずれにせよ、私たちは緊急事態時に人権や私権が一部制限されるかもしれないという可能性をあらかじめ知っておく必要がある。

■為政者の政治判断、国民に説明尽くせ

 ――為政者や政治に求められる姿勢は。

 大澤 重要なのは、為政者が緊急事態の対応について、その根拠をきちんと説明することだ。専門的な知識を基にしたとしても、最後は政治的な判断だ。なぜ、そうした決定をしたのか国民に納得してもらわなければならない。また、緊急事態時の対応は、暫定的なもので永続させてはならない。

 加えて、事態収束後、緊急事態宣言を発令した為政者の当時の対応は検証されるべきだ。不適切と認められれば、場合によっては職を辞し、刑事責任も問わなくてはならない。国会の権限で検証を行い、為政者の責任を問うシステムが必要ではないか。

■国家のデータ活用、プライバシー守れ

 ――国家による監視とプライバシーの問題も浮き彫りになった。

 大澤 例えば、国家が全国民のスマートフォン(スマホ)を通じて一人一人の体調を厳密に管理すれば、感染症の発症などをいち早くつかむことができるかもしれない。国家による監視に抵抗感を持つ人もたくさんいるが、完全否定することは難しくなっているのではないか。

 多くの人々がスマホやインターネットを利用している現状は、言い換えれば、個人情報を垂れ流しながら生きているということだ。事実、これまでの購入履歴などを基にサイト側が個人の嗜好に即した商品を自動的に紹介するなど利点も少なくない。監視とプライバシーの問題を考える際は、このトレンド(傾向)を逆行させるより、現実に進んでいる方向性を前提にして、それに対抗できる措置を講じた方がいい。

 ――対抗措置とは。

 大澤 いわば個人情報が必要以上に利用されないための“防波堤”だ。権力を監視する民主主義を「モニタリング民主主義」と言うが、これのインターネット版が必要だ。つまり権力の中にたまっているビッグデータが悪用されず、必要なところにしか使われていない状況を常に監視するシステムを築くことが合理的ではないか。

 ――監視社会は人のつながりを希薄にしないか。

 大澤 人間にとって人と直接会う行為は非常に大切だ。感染症が発生した場合、その場所やクラスター(感染者集団)の状況がピンポイントで即座に把握できれば、今までのように、危険を感じることなく対面で会うことができるかもしれない。そのためには、監視的な仕組みを有効に活用する必要も出てくる。だからこそ、情報が民主的にしか活用できないようにする対抗措置を講じなければならない。

 おおさわ・まさち 1958年生まれ。千葉大学助教授、京都大学大学院教授を歴任。社会学博士。著書に『コロナ時代の哲学』など。