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エディターズ・ノート

立憲、国民合流“破談” 決められない体質が露呈

2020年1月23日付 編集メモ

 立憲民主党と国民民主党の合流協議は“破談”に終わった。2017年秋の衆院選を前に分裂した“民進党の再結集”をめざしたものの、むしろ「1カ月半の協議の中で両党内での互いへの不信感が深まった結果」(22日付「毎日」)を招いてしまった。

 各紙の報道によると、両党内からは「決断できなかったのは国民側だ」「野党第1党の立憲こそ器の大きさを見せるべきだ」などと、早くも責任の押し付け合いが始まっているという。

 “破談”の理由は、自党への「吸収合併」を基本として党名も変えない方針の立憲と、党名を立憲以外とする「対等合併」を求める国民の溝が埋まらなかったことが大きいらしい。

 さらには「物別れの背景には両党が抱えていたあつれきもある」(同「朝日」)ようだ。昨年は、参院野党第1会派の座を狙い多数派工作を展開し合い対立。7月の参院選でも、一部選挙区で両党の候補者が競合するなど、大きな禍根が残った。

 にもかかわらず、両党が昨年末、合流に向かい始めたのはなぜか。立憲は「収入の柱となる政党交付金の交付をにらみ」(昨年12月11日付「読売」)、国民は合流で次期衆院選を有利にしたいとの思惑があったと指摘されている。結局のところ、「カネ」と「票」が目当てというならば、これほど国民を愚弄した話はない。

 それでも、今回の“破談”で、バラバラ感を一掃することはできず、旧民主党時代から受け継がれてきた「決められない体質」を露呈してしまった。こんな合流を歓迎する人が果たしていたのだろうか。(文)