×

コメデジ・トーク

「共生社会」のモデルを世界へ
東京パラリンピック開幕まで1年

「公明新聞」2019年8月24日付

 2020年の東京パラリンピック開幕(8月25日)が1年後に迫りました。04年のアテネパラリンピック男子マラソンで金メダルに輝き、現在も東京大会をめざす全盲のランナー・高橋勇市選手と公明党の岡本三成衆院議員が、「共生社会」の実現に向けて語り合いました。

(岡本)オリパラ決勝の同時開催を
(高橋)競い、健闘をたたえ合いたい

 岡本 前回の東京五輪・パラリンピックから56年ぶりのビッグイベントが1年後に迫り、22日からはパラリンピックのチケット販売も始まりました。パラリンピアンの姿を通して、わが家の子どもたちにも何かを感じてほしくて、たくさん観戦しようと計画しています。来年の大会へ意気込みを聞かせください。

衆院議員・岡本三成氏
衆院議員・岡本三成氏

 高橋 現在、ブラインドマラソンと、パラ・トライアスロンの強化指定選手になっています。トライアスロンでは来年6月までのポイント対象大会で好成績を残して、パラリンピックに出場できるよう頑張っています。マラソンの方も秋以降、走り込みを始めます。

 岡本 東京都北区にあるナショナルトレーニングセンター(NTC)には、障がいのある選手にも配慮した「拡充棟」が完成し、7月下旬には視察に行きました。トップアスリートの皆さんが有意義にトレーニングに励めるよう、全力で応援していきます。

 高橋 NTCは自宅から歩いて行ける距離にあり、積極的に活用しようと思います。拡充棟には見学コースもあるので、多くの応援を期待しています。

 岡本 今後、本番が近づくと五輪・パラリンピックともにメディアなど“外野”がメダル獲得数を論じる機会が増えると思います。アスリートとして重圧になるのではないかと危惧しています。

 高橋 確かにメダルの色、特に金メダルばかりが注目され、4位、5位の入賞者にはあまり注目が集まらない風潮はあると感じます。しかし、選手はそれぞれ努力を重ねてきたわけですから、その努力は評価してほしいと思います。

 岡本 全くその通りですね。五輪もパラリンピックも、「スポーツの祭典」と同時に、互いを尊重する精神を学ぶ象徴的なイベントであると考えています。

 以前、私は日本オリンピック委員会に、東京大会では五輪とパラリンピックで共通している種目の決勝戦を一緒に実施してはどうかと提案したことがあります。例えば五輪の陸上100メートル決勝を行った直後に、パラリンピックの決勝も行うのです。長期的な目標として訴えていきます。

 高橋 国内のマラソン大会やボート大会では、健常者と障がい者が一緒にレースに出場し、表彰部門は健常者の「年代別」などと共に、「視覚障がい者の部」などが設けられることもあります。一緒にレースで競い、閉会式で共に健闘をたたえ合う。将来の五輪もそうあってほしい。

 岡本 そうですね。現状では五輪の“おまけ”のようにパラリンピックが開催されている感じは否めません。だからこそ、世界が見守る五輪の決勝直後に、パラリンピック決勝も行えば「共生社会の実現」というメッセージを世界に発信できると思うのです。

(高橋)周囲を気にせず声掛けて
(岡本)「心のバリアフリー」さらに

 岡本 平成の時代に駅や公共施設などのバリアフリーは大きく前進しました。最近では「心のバリアフリー」との言葉もあります。どう受け止めていますか。

 高橋 率直に言って、まだ不十分だと思います。日本人は国民性として、周囲の目が気になって声を掛けにくい、障がい者も声を上げにくいという部分があるのでしょう。そこを変えないと日本人の心のバリアフリーは前進しないと当事者として感じています。

アテネ大会マラソン金メダリスト・高橋勇市氏
アテネ大会マラソン金メダリスト・高橋勇市氏

 岡本 約30年前、英国に留学した時に印象的だったのが、車椅子で外出する人の多さです。その10年後、米国で働いた時には、障がい者の多くが一人で行動していて、介助者がいなかったことに驚きました。一人で外出しても、誰かが声を掛けてサポートすることが当たり前の社会なのです。

 高橋 東京大会では障がい者が一人で来場しても観戦できるよう、健常者がサポートしてくれる大会になると素晴らしいですね。

 岡本 そのために会場のバリアフリーも進めていますが、そこに集う健常者と障がい者の心のバリアフリーが進んで、自然に気兼ねなく「ちょっとお願いできますか?」と言えるような大会にしたいと思います。

 高橋 私たち障がい者は、障がいを理由に特別扱いされることがとても嫌なんです。共に社会の一員として対等に接してほしいというのが、多くの障がい者にとって共通の願いです。

 岡本 前回の東京大会のレガシー(遺産)は、新幹線や高速道路の整備など有形のものでしたが、2020年大会のレガシーは、一人一人が自分らしく輝いていける「共生社会の実現」という無形のものをめざすべきだと思っています。

 そうした価値観を世界中で共有し、大きな流れを決定づけるような大会となるよう、あと1年、また、大会後も自身の仕事として力を尽くしたいと決意しています。

 たかはし・ゆういち 1965年、秋田県出身。高校2年で目の難病を宣告され、34歳で完全に失明。99年からマラソンを始め、2004年のアテネパラリンピック男子マラソンで金メダル。北京大会(08年)、ロンドン大会(12年)でも入賞。16年、東京都北区の「スポーツ大使」に就任。三菱商事所属。54歳。