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コメデジ・トーク

イタイイタイ病公害認定50年
現場主義の原点ここに

「公明新聞」2018年4月29日付

 富山県の神通川流域で発生した「イタイイタイ病」(メモ)が、国内初の公害病と認定されて5月8日で50年を迎えます。認定当時、患者の診察に携わりながら、公明党の調査活動に接してきた富山県立イタイイタイ病資料館の鏡森定信名誉館長と、公明党の斉藤鉄夫幹事長代行(元環境相)が語り合いました。

鏡森名誉館長(右)の案内で資料館を見学する斉藤幹事長代行=2018年4月20日 富山市
鏡森名誉館長(右)の案内で資料館を見学する斉藤幹事長代行=2018年4月20日 富山市

(斉藤)患者に寄り添い救済
(鏡森)公明の調査で問題に光

 斉藤幹事長代行 50年前、私は高校生でしたが、資料館を案内していただき、当時の報道などを思い起こしていました。経済発展の一方で、イタイイタイ病をはじめとする公害病が多発した。この教訓を後世に伝えていく上でも、資料館の使命は大きいと感じました。

公明党幹事長代行(元環境相)・斉藤鉄夫氏
公明党幹事長代行(元環境相)・斉藤鉄夫氏

 鏡森名誉館長 残念ながら、富山県でもイタイイタイ病の風化が進んでいます。そこで約10年前に資料館の設立構想が持ち上がり、2012年4月の開館以来、イタイイタイ病の歴史を来館者に伝えています。

 斉藤 現在は、技術者倫理が常に問われる時代になりました。技術者は一層、「開発と環境」という視点を忘れてはいけませんね。

 鏡森 資料館には原因企業である三井金属鉱業の新入社員も毎年、見学に訪れています。感想文には「原因企業として過去の事実を忘れず、責任を持って社会に貢献していきたい」と書かれています。50年前の公害病認定はもちろん大きな出来事ですが、同様にイタイイタイ病の学びの場ができたことも感慨深いです。

 斉藤 公明党は今年で結党54年になりますが、この時期は公害が大きな社会問題となっていた時期とも重なります。イタイイタイ病についても、当時は“風土病”とか“奇病”などといわれ、社会の片隅に置き去りにされていました。

 そうした中で、公明党の矢追秀彦参院議員(故人)は、イタイイタイ病の原因が神通川上流の神岡鉱山から排出されたカドミウムであると主張していた医師の萩野昇先生(同)を訪ねます。悲惨な症状の説明を受け、1967年5月26日に国会で初めて取り上げ、政府を追及しました。

公害追放全国大会で意見表明するイタイイタイ病患者の体を支える矢追氏=1970年9月 都内
公害追放全国大会で意見表明するイタイイタイ病患者の体を支える矢追氏=1970年9月 都内

 鏡森 萩野先生は「イタイイタイ病」の命名者でもありますが、当時、私は駆け出しの医師として、先生の下で診察に当たっていました。矢追さんら公明党の議員がよく訪ねてきたことを覚えています。矢追さんは医師でもあったので、特に印象に残っています。

 斉藤 公明党は総力を挙げて調査を展開するとともに、患者に寄り添って厚生相(当時)らへの陳情にも行き、救済を強く迫りました。イタイイタイ病患者救済の闘いは、公明党が誇る「現場主義」の原点です。

 作家の故・有吉佐和子さんは著書『複合汚染』の中で、「公害に最も大きい関心を寄せ、熱心に勉強し、実績をあげている政党は、どの革新政党よりも公明党だと、住民運動をしている人たちは口を揃えて言う」と綴っています。

 鏡森 萩野先生が矢追さんに電話し、患者救済について話し合うこともありました。公明党の調査がなければ、この公害病が富山県の小さな問題として片付けられていたでしょう。

(鏡森)子どもの健康守る資料収集にも感謝

 鏡森 イタイイタイ病以外で実はもう一つ、私は公明党の皆さんに支えてもらった思い出があります。1980年代後半から指摘され始めた「小児生活習慣病」の問題です。日本は諸外国と違い、出生時から身長や体重、既往歴などを連続的に調査し、成人期まで追跡したデータを行政は持っていません。私はその必要性を訴えていましたが、この問題を国会で取り上げてくれたのも公明党です。

富山県立イタイイタイ病資料館名誉館長・鏡森定信氏
富山県立イタイイタイ病資料館名誉館長・鏡森定信氏

 斉藤 その一環で私が環境相の時に手掛けたのが、約10万組の親子を対象に胎児期から13歳になるまで、化学物質と子どもの身体の関係を追跡する「子どもの健康と環境に関する全国調査」(エコチル調査)です。

 鏡森 エコチル調査は富山県でも約5600組に協力してもらっています。妊娠中から鉛や水銀などのデータを集め、次世代が健やかに生活するための環境づくりに役立てています。

 斉藤 途中経過を読んでも非常に興味深いものがあります。他国とも連携しながら、結果を有効に活用していきたいと思います。

 鏡森 小児生活習慣病について言えば、富山県では平成元年に生まれた子ども1万人余りを対象に、高校生になるまで追跡しました。現在は国が、2000年に生まれた「ミレニアムベビー」の追跡調査を実施しています。これも公明党が国会で訴えてくれたおかげです。公明党は、命を守るために現場の資料を大事にしてくれる党ですね。

(斉藤)最前線の声から政策実現
(鏡森)国民と接点築く活動を

 斉藤 今、公明党は「大衆とともに」の立党精神を胸に、全国の所属議員が現場の声を受け止める「100万人訪問・調査」運動を実施しています。テーマは「子育て」「介護」「中小企業」「防災・減災」――の4項目ですが、これに限らずさまざまな声が寄せられます。それら一つ一つの声から、政策を提言していく方針です。

 鏡森 イタイイタイ病対策協議会の初代会長だった小松義久さんも、一軒一軒、自分の足で住民の家を訪ねて署名をもらったり、患者が亡くなったと聞けば、深夜でも遺族のもとへ駆け付ける人でした。公明党の運動に通じますね。

 斉藤 私たちは与党になり、政策実現力は増しました。しかし、生活者のための政策を掲げ、実現に努力しているのか否かを常に自戒していかなければいけないと感じています。

 鏡森 今はスマートフォンなどでコミュニケーションできる時代なので、信頼している人に直接、話を聞いてもらうことは最高の癒やしになります。これからも、公明党には国民との接点を大事にし、人が何に悩み、痛みを感じているのかを敏感につかめる存在であってほしいと期待しています。

 斉藤 ありがとうございます。現場に赴き、最前線の方々の声を受け止めて政策を実現するという、わが党の先輩が築いてきた伝統をしっかり受け継ぎ、庶民の声を政治に反映させる使命を果たしてまいります。

 かがみもり・さだのぶ 1943年、富山県生まれ。富山大学名誉教授。医学博士。金沢大学医学部助手、富山医科薬科大学医学部教授、富山大学医学部長、同大副学長などを歴任。2012年4月の開館から富山県立イタイイタイ病資料館の館長を務め、今月、名誉館長に就任。

 (メモ)イタイイタイ病 1910年代から70年代前半にかけて富山県の神通川流域で発生した日本初の公害病で、四大公害病の一つ。三井金属鉱業が所有する岐阜県の神岡鉱山から排出されたカドミウムによる水質汚染が原因で、米や生活用水を通じて健康被害が拡大した。患者は骨が脆くなり、重症化すると少しの動作でも骨折してしまい、「痛い! 痛い!」と訴えることが病名の由来となった。